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最高裁判所第二小法廷 昭和25年(オ)29号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

所論の如く、上告人が本件第一次の調停で、被上告人に対し無償譲渡することを約した字東洋一九三番地の土地は、当時上告人の所有でなく、訴外佐々木富蔵の所有であつたことは、原審の確定したところである。しかし、かように当事者の一方が相手方に譲渡することを約した特定物が当時他人の所有であつたからとて、単にそれだけのことでは右譲渡の義務を不能ということはできない。殊に調停は一面私法上の和解たる性質を有するのであるから、一般に有償契約に属し、(原審の認定によれば、上告人は所論土地を無償で譲渡することを約したのであるが、右は和解契約の内容としてなしたのであるからその性質は有償契約に外ならない)、民法の売買に関する規定が準用せられる(民法五五九条参照)。したがつてかかる調停において他人の所有に属する物を相手方に譲渡することを約した者は、これを取得して相手方に移転すべき義務を負うのであつて、他に特別の事情のない限りかかる他人の所有に属する物の譲渡契約が当然に履行不能のため無効であるといい得ないことは、民法五六〇条、五六一条、五六二条の規定から疑を容れないのである。而して上告人は原審において、単に前記土地が本件第一次調停成立の当時、訴外佐々木富蔵の所有であつたことを主張しただけで、他に右譲渡の義務を不能と認むべき特別の事情については、なんらの主張をした形跡はないから、原審が、右調停は履行不能により無効であるとの上告人の主張を排斥したのは当然であつて、原判決には所論の如き違法はなく、論旨は理由がない。

同第二点について。

原審の確定したところによれば本件第一次の調停成立後も、上告人はなお係争地(字東洋一四一番地)が自己の所有地であるとの主張を棄てないために紛争を生じ、被上告人から、さらに調停の申立をなし、浦河区裁判所昭和一九年(ユ)第一号事件として受理せられたが調停成立せず同裁判所は、昭和二〇年一月一九日所論の調停に代わる裁判をしたというのであり、右調停に代わる裁判は、戦時民事特別法一九条、金銭債務臨時調停法七条、八条によりなされたことは明白である。而して確定判決を経た法律関係についても紛争があれば当事者は有効に和解をなし得ることは当然であるから、一旦調停の成立により確定した法律関係についても必要に応じ、重ねて当事者が和解調停をなし得ることはいうまでもなく、しかも金銭債務臨時調停法七条の裁判は裁判所が当事者の合意に代えてなすものであるから、たとい一旦調停の成立した法律関係であつても、これについて重ねて調停の申立があり調停の成立しなかつた場合に裁判所が同条の裁判をすること自体はなんら妨げなく、これを当然に違法ということはできない。また仮に本件調停に代わる裁判が所論の如く「履行に関する紛争の範囲を逸脱」し、延いてその内容が不当であつたとしても、これに対しては同法九条により即時抗告をもつて争うのは格別かかる手続によらないで右裁判を当然無効であるといい得ないことも言を俟たないところである。なお、論旨は原審が「本件調停に代わる裁判は第一次の調停を変更するものではない」と判示した点を非難するが原審の確定した事実によれば、本件調停に代わる裁判は第一次の調停を違法不当として右調停自体を遡及的に取消してこれを変更したという訳ではなく、かえつて第一次の調停が有効に存在することを否定しないで、新に別個の第二次調停の申立に基づき当事者間の紛争を解決するためなされたことが明らかであり、前記原審の判示も、ひつきよう右と同一の趣旨であつて、原審はなんら本件調停に代わる裁判の内容が第一次の調停の内容(調停条項)と同一であるといつていないことは原判文上明白であるから、右判示に違法はない。さらに論旨は「右両調停とも有効とすれば、上告人はその両者共に之が履行をなさねばならない」というが、単にそれだけのことでは本件調停に代わる裁判はその内容が不当であるというのは格別これを当然無効であるといい得ないことは論を俟たない。(のみならず本件では判断の必要のないことであるが、原審の採用した甲二号証によれば、本件調停に代わる裁判で上告人が命ぜられた「字東洋一九四番地の一部二畝二六歩を被上告人に対し無償譲渡」すべき債務を履行すれば第一次調停で定められた「字東洋一九四番地の一および一九三番地の両地の内北側合計約八〇坪を被上告人に対し無償譲渡」すべき債務は代物弁済のあつた場合と同様、自ら消滅する趣旨であつて、したがつて上告人としては前者を履行すれば後者を履行する必要がなくなる趣旨であることをうかがい得るのである。)要するに原判決には所論のような違法はなく本論旨も理由はない。

同第三点について。

本件第一次調停は上告人が甚しく困窮した状態にあつた時になされ、且つ上告人の無智軽卒に乗じて被上告人が約諾せしめたものであるという事実は、原審が証拠上認め得ないと判断しているのである。されば所論は原審の認めない事実を前提とする議論であつて採用できない。

同第四点について。

和解は「当事者ガ互ニ譲歩ヲ為シテ其間ニ存スル争ヲ止ムルコトヲ約スル」契約であり右譲歩の方法については法律は制限を設けていないのである。したがつて当事者が和解において譲歩の方法として、係争物に関係なき物の給付を約することは毫も和解の本質に反するものではない。本件第一次の調停において上告人が被上告人に対し係争物以外のものの譲渡を約したのは和解における譲歩の方法としてなしたことが原判文上明白であるから、原判決には所論の如き違法はなく、論旨は理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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